遊びの意味は

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    先日、冒険あそび場ネットに一通のメールが届きました。

    ぜひ皆さんにお伝えしたい内容だったので、本人の了承を得てここに掲載します。

     

    「岩沼あそび場の会」さんと一緒に、岩沼市の「里の杜あそび場」を運営している学生ボランティア団体「にこにこキッズ」さんの元代表、Tくんからのメールです。

     

     

    「あそび場関係の皆様へ

     

    お世話になっております。
    そしてご無沙汰しております、元にこにこキッズ代表のTです。

     

    私は東北を離れ現在、東京の人材コンサルティング会社で
    社会人の方に向けたカウンセリング、及び教育事業に携わっております。

    働きだして3ヶ月が過ぎた時にとても大切だと感じたことが
    ありましたのでご連絡を差し上げました。

     

    それはなにかというと、どれだけ子ども時代の「経験」が重要かということです。

    3ヶ月ですでに数多くの社会人の方のコンサルティングを行わせていただいておりますが、
    いまを楽しく生きられず、不安や悩みや辛さを抱えている方の共通点として、
    子どもの頃及び、若い頃の「喜びや楽しみ」といった成功体験の少なさや
    「人とのつながり」の少なさがあります。

    「自信」や「心」の形成は、かなり子どもの頃からの
    環境や経験で変わってくるものだと感じております。

     

    学生の頃よりも、冒険あそび場での活動の意義や、皆様の子どもたちへのサポートが
    どれだけ素晴らしいものなのかということを改めて実感しております。

     

    8~12月の年内の間に一度仙台に帰省すると思いますので、またボランティアとして
    活動に関わらせて頂ければ大変嬉しく思います。

     

    突然のご連絡、大変失礼致しました。
    また皆様にお会い出来るのを楽しみにしております。

    今後とも、岩沼や東北の子どもたちの成長をよろしくお願い致します。」

     

     

    仙台を離れてもこうして連絡が来ることもうれしいのですが、遊び場での活動を経験して、異なるフィールドで活躍している人から「遊びの意味」を感じた話が出てくるというのはとてもとてもありがたいです。

     

    今の大人の様子から、子ども時代に遊ぶ意味を考える。

    遊んだ子どもと遊ばなかった子どもはどう違うのか。
     

     

    「遊ばないとこうなっちゃうよ!」という脅かしをするつもりではないのですが、

    (「遊ばないと」という声掛けは、成果を前提にした「あそびという名の習い事」を生み出しかねないので危険だと思っています)

    事実、子ども時代が存在しないことが今の苦しさにつながっている大人がいるのです。

     

    私たちにできるのは、今、まさに子ども時代を失いつつある子どもに、1分、1秒でも子ども時代を返すことだと思います。

    それが具体的に何なのかというと、「その子にゆだねる」ということです。

     

    自由に遊ぶとき、目的も、成果も、評価も、

    すべてその遊びの主体である「その子」にゆだねられます。

    その時間が、「自ら育つ」ためには必要なのです。

     

    十分に遊ぶことができないと、五感を通し、感情を伴い、記憶に刻まれた「自分」が見当たらなくなってしまいます。

    確かに自分は生きた、という実感が持てないのです。

     

    現在、子どもを取り巻く環境のバランスが崩れている、と感じています。

    教え、伝えて行くことで、「外側からその子を形作る」環境と、

    その子自身にゆだね、任せることで、「その子が内側から自らを形作る」機会を作るという環境のバランスです。

     

    教育と遊びのバランス、と言っていいでしょう。

     

    たかが子どもの遊びの話でおおげさな、と思うかもしれません。

    それを「たかが」と扱い続けた結果の「今」なのです。

     

     

    Tくん、大切な話をありがとう。

    また会える日が楽しみです。

     


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